2016年

5月

01日

【参加者インタビュー】 猪飼 嘉司 様 「この大会が、障がい者と健常者がお互いを知るきっかけになれたら」

「100km歩こうよ大会 in 摩周・屈斜路」に参加された方からの声を紹介するコーナー。

今回は、2015年に本大会で初めて車いすで参加された、北海道札幌市在住の猪飼嘉司様にインタビューしました。北海道民から見た「弟子屈町」と、障がいを持って参加を決意した本大会について、熱く語っていただきました。

―― 最初に、本大会の参加のきっかけ・経緯をお話しいただますでしょうか。

猪飼  僕はご覧の通り車いすを使って生活をする障がい者ですけど、実は27歳の頃までは自分の足で立って歩いて生活をする健常者でした。確かに、この人生の流れとしてはね、障がいを持つ前、持った後で変化というのはあったんですが、僕自身っていうのはなにも変わってなくて。何かに挑戦したいという想いも健常者の頃のまま持っているんです。

ですから、そういった想いを受け入れ、大会に参加させてもらえたことには本当に感謝しています。障がい者に対して門戸を閉ざしてしまうのではなく、僕の話を聞き、一緒に解決策を探ってくれた。そのおかげで僕は参加のきっかけを得ることができたのかなと思っています。このきっかけを得ること自体が、障がい者の場合は難しかったりしますので、本当に嬉しかったですね。

北海道民から見た弟子屈町と、100km歩こうよ大会

―― 残念ながら、北海道民から見ても「弟子屈町」の知名度は高くありません。それでも摩周湖や屈斜路湖といった、観光地として有名な資源があります。弟子屈町に対して、大会に参加される前に漠然として持っていた印象と、弟子屈町に実際に来ていただいて、大会後に感じた印象で、違った点や思った点はありますか。

猪飼  仰るように、弟子屈町を含む道東地方(北海道東部)は、北海道らしい風景が広がる、もともと好きな場所でした。歩くという、僕の場合は「車いすをこぐ」という行為になりますが、それによってでしか感じることができない風の音だったり、匂いだったり自然の偉大さというのでしょうかね。

確かに、自家用車などを使って、同じ風景には出会うこともできるんですが、やはりそれとは違う心の深いところに刻まれる弟子屈町との出会いを「100km歩こうよ大会」は演出してくれたのかと思います。

訪れた場所を頻繁に思い出して、ましてや懐かしむなんてあまりないことだと思うんですけど、僕にとって弟子屈という場所は、今はそういう場所になっていますね。

しょっちゅう思い出すんです。みなさんのこともあの日のことを。あの時あの人がこうしてくれたとか、一緒に歩いてくれた人があんなことをしてたなとか。そして、またそれを思い出してまたがんばれるという、不思議な感じがしています。

「100km大会の過程」と「障がい者との関わり」について

―― 猪飼さんは今回初めて参加されましたが、大会を通じて感じたことはありますでしょうか。

猪飼  そうですね。そこには本当にたくさんのドラマがあって、この短い時間の中ではお伝えすることができないのが残念なんですけど。

僕にとって100km完歩というのはただの結果であって、僕がゴールすることができたのは、スタッフの皆さんをはじめ、一緒に歩いてくれた参加者お一人お一人の支えがあったからなんです。ですから僕が思うに、この大会の本当の素晴らしさは、障がい者も健常者も関係なく、一つの目標に向かって一緒に支え合いながら過ごす、その20数時間の過程にあるんじゃないかなと思います。

ですから、多くの障がいを持つ方、もちろん健常者の方にも、ぜひこの大会の本質というのを感じてもらいたいですね。例えゴールができなかったとしても、大会を通してのそれぞれの頑張りは、きっと何かを越えるきっかけになってくれるでしょう。そして、障がい者健常者お互いがお互いを知るきっかけ、また触れ合う機会っていうのかな。そういったものになれたのたら嬉しいです。

僕ね、この大会はそういった可能性を秘めていると思うんです。いろんなところに波及していく力を持っているので、本当に応援させてもらいたいなと思っているんです、いつも。

また僕も多くの方との出会いを楽しみに、参加されるみなさん、スタッフのみなさんよろしくお願いします。